那覇地方裁判所 昭和52年(わ)493号 判決 1978年3月28日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は中学校を卒業し、工員、米軍雇用員、写真館の見習いや助手などの職を経て、昭和四九年一一月ころ、沖繩開発金融公庫から資金約二二〇万円の融資を受けるなどして写真店を開業したが、営業が行き詰つて、昭和五〇年一二月ころ、右金融公庫などへの借金等を残したまま廃業を余儀なくされ、その後は健康器具などの外交販売員として勤務するようになつた。ところで被告人は、右金融公庫からの借入金の割賦返済について、昭和五一年一二月分まではなんとか都合して支払つてきたものの、以後は返済資金に窮してその支払いができなくなり、そのため右金融公庫から返済金の支払督促が度重なり、更に右借入金の保証人となつて貰つた友人らにもその保証債務の支払いを求められるに及んで、その責任を痛感すると共に、右借入金(未払分一五〇万円)の返済資金のねん出に苦慮していたが、その工面が全く立たなかつたため、深く思い悩んだ揚句、昭和五二年一一月一四日、右借入金の返済に充てる目的で、かつて、訪問販売に訪れて知つた、沖繩県那覇市にある株式会社國場組の役員國場幸治、同悦子夫妻の長女で小学校一年生の國場真美子(当時六歳)を誘拐して現金二〇〇〇万円を身代金として要求することを決意し、同月一六日午後二時ころ、同市泉崎一丁目一番地の六那覇市立開南小学校正門前におもむいて、同小学校から下校してきた右真美子に対し、その父親らが同県北部の山原(国頭)出身であるため両親らが同所に行くこともあることにことよせて、「ママが山原に行つていて、ママに頼まれておじさんが迎えにきたよ。」などと嘘を付き、思慮が十分でない同女をだまして同所付近から被告人の運転する普通乗用自動車に乗車させ、同日午後一〇時二〇分ころまでの間、那覇市首里、西原村、北中城村、沖繩市泡瀬、具志川市、石川市赤崎二四八四番地レストラン「パシフイツクガーデン」前を経て、更に引返し、同県中頭郡西原村字呉屋一一四番地小波津武司方前道路まで同女を右自動車で連行し、もつて、身代金を交付させる目的で同女を誘拐したものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二二五条の二第一項に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は判示の小波津武司方前付近道路において、被拐取者を自動車から降して解放しているから、刑法二二八条ノ二にいう「安全ナル場所」に解放したときに該当する旨主張するので検討するのに、被拐取者が安全な場所に解放されたかどうかの判断は、単に被拐取者を解放した場所自体が物理的に安全かどうかということだけではなく、解放した時刻やその方法、被拐取者の年齢、知能程度などその者の一身的事情等も総合勘案してなされなければならないところ前掲各証拠によれば被告人は、確かに犯行当日午後九時一五分ころ、被拐取者の親に一五分以内に解放してその場所を連絡する旨電話をかけたうえ、右小波津方前付近道路で解放し、被拐取者は約一時間ないし一時間半後、たまたま通行中の者に保護されたこと、被告人は午前零時前ころ、被拐取者宅に解放場所を電話連絡したことなどは認められるところである。しかしながら、被拐取者を解放した場所が県道三八号線から約三〇メートル入つた脇道で、その一方に中学校が、他方に民家が一戸存在するが、他の民家はまばらであり、かつ、同所は被拐取者の自宅からはるか遠隔地で、同所付近の地理不案内な幼い被拐取者としては、とうてい一人では帰宅できない場所であること、解放の時刻も、夜中の午後九時二〇分ころであり、この時刻の同所付近は通行人も少ないと認められ、本件ではたまたま夜遅く帰宅する者がいたため、その約一時間ないし一時間半後にようやく保護されるに至つたこと、解放の方法もたんに被拐取者を降したままそこから立去り、その後解放場所を電話で被拐取者宅などに通知する努力をしたとはいえ、結局午後一一時四〇分ころ、その母親に通知できたにとどまり、その間、被告人は右解放場所から遠く離れていて被拐取者を放置したままその動静を全く見守れない状況にあり、そして被拐取者は小学校に入つたばかりの満六歳の女児であり、思慮が十分とはいえないばかりか、当時かぜ気味であるうえに折から雨模様であつたことなどの事情が認められ、以上のような解放の場所や時刻、その方法及び被拐取者の一身的事情などの諸事情に鑑みると、被拐取者自身に危険のない安全と認められるような行動を期待することは困難で、むしろその間にいかなる危険な事態が発生するかも知れないという状況にあつたものといわなければならず、そのため、被拐取者が、解放後何の危険も伴わないで安全に保護されうる状況におかれたものと断ずることもできない。以上の事実関係に徴すると、当初に述べたような事情があるとしても、いまだ被拐取者を安全な場所に解放した場合に当るということはできない。従つて、弁護人の主張は採用できない。
(量刑の事情)
本件は、借金の返済に窮した被告人が、その資金にあてるため、身代金を交付させる目的で会社役員の子を誘拐したうえ、約七時間という長時間にわたつてかなりの距離を自動車で連れ回つたという事案であつて、その二日前に本件を思いつき、拐取の方法や身代金を取得するための方策などを計画したうえなされた犯行であつて、それは親の子に対する愛情を巧みに利用し、その弱みに付け込んだ極めて卑劣なものであり、被拐取者が保護されるまでの長時間両親の受けた子に対する憂いや動揺は筆舌に尽し難いと思われる。そして、本件がマスコミによつて大きく報道され、その地域社会に与えた不安と衝撃は大きく、しかもこの種の事案が模倣性、伝播性を有し、しばしば被拐取者の殺害という悲惨な結果をも招くことに鑑みれば一般予防の見地からもとくに重視されなければならない。従つて被告人の刑責は極めて重大といわざるをえない。しかし他面、被告人は、法律上の解放減軽にはあたらないとはいえ自ら進んで被害者を解放したこと、被拐取者を連行中も、とくに手荒な扱いをすることなく、途中から身代金の要求を断念していること、解放するころから自己の非に気付き、その後一貫して反省悔悟していること、これまでに前科前歴がなく、まじめな生活を送つてきたことなど被告人に酌むべき事情もあるので、同種事案の量刑例、その他諸般の事情をも考慮したうえ被告人を主文の刑で処断するのが相当であると認める。
よつて、主文のとおり判決する。